甲状腺とは
甲状腺は首の前方で、のどぼとけのすぐ下に位置し、蝶が羽を広げたような形が特徴的で、気管を抱き込むようについています。縦は約4cm、横幅は約3cm、厚さは約1-2cm、重さは20g以下です。
甲状腺は食物 (おもに海藻) に含まれるヨウ素を材料にして甲状腺ホルモンを作る機能を持っています。甲状腺ホルモンには新陳代謝の過程を刺激し促進する作用があり、胎児の発育や子どもが成長していく過程において欠かせないものです。
甲状腺疾患とは
甲状腺の病気には甲状腺の「機能」の変化と「形」の変化という2つの特徴があり、病気によってその両方の変化が現れたり、どちらか一方だけが現れたりします。
機能の変化による分類
甲状腺ホルモンを作る働きに異常をきたし、甲状腺ホルモンが過剰になったり不足したりするものです。
甲状腺中毒症
甲状腺ホルモンが過剰に作られ、血中濃度が上昇すると全身の代謝が過度に高まります。
①甲状腺機能亢進症と②破壊性甲状腺炎に分類されます。
①にはバセドウ病、機能性結節、妊娠甲状腺中毒症、薬剤性 (アミオダロンなど)、TSH産生腫瘍などが含まれ、②には無痛性甲状腺炎(中毒期)、亜急性甲状腺炎(中毒期)が含まれます。
原発性甲状腺中毒症の鑑別
甲状腺機能低下症
甲状腺ホルモンが作られる量が減り、全身の代謝が低下します。
原因として以下ようなものがあります。
橋本病 (慢性甲状腺炎)、ヨウ素欠乏、破壊性甲状腺炎の機能低下期、薬剤性 (リチウム、アミオダロンなど)、阻害型TSH受容体抗体による甲状腺機能低下、特発性粘液水腫 (萎縮性甲状腺炎)、続発性甲状腺機能低下症 (手術後、放射線治療後、アイソトープ治療後)、視床下部性・下垂体性甲状腺機能低下など
甲状腺機能低下症の鑑別
形の変化による分類
甲状腺がはれたり、甲状腺にしこりができたりすると形態的に変化します。
びまん性甲状腺腫
甲状腺全体が大きくなったものです。
- 単純性びまん性甲状腺腫:甲状腺全体が腫れているのみで、甲状腺機能には異常を認めないものです。
- バセドウ病:甲状腺を刺激する抗体を持ち、甲状腺ホルモンが過剰となるものです。
- 橋本病:甲状腺に慢性の炎症が起こっているものです。甲状腺機能には異常がないことも多いですが、機能が低下する疾患です。無痛性甲状腺炎を起こし、機能が一時的に変動することもあります。
- 亜急性甲状腺炎:甲状腺が腫れて痛みを生じ、しばしば発熱も認めます。甲状腺ホルモンが一時的に甲状腺からもれ出ることで、バセドウ病のような全身的症状が出ますが、次第に正常に戻ります。
結節性甲状腺腫
甲状腺内にしこりができます。
- 甲状腺腫瘍:大部分のものは甲状腺機能には異常を認めません。(機能性結節では甲状腺ホルモンが過剰となります)。良性腫瘍と悪性腫瘍に分類されます。
良性腫瘍には濾胞腺腫、腺腫様甲状腺腫や甲状腺嚢胞が含まれ、悪性腫瘍には乳頭癌、濾胞癌、髄様癌、未分化癌、悪性リンパ腫が含まれます。
詳しくは後述します。
主な症状
- 首の腫れ、疲れやすい、月経不順
- 甲状腺中毒症の症状:暑がり、汗をたくさんかく、よく食べるのに痩せる、動悸、下痢、手指が震える、微熱、イライラしやすくなった、落ち着かない、眠れない、薄毛など
- 甲状腺機能低下症の症状:寒がり、抑うつ、無気力、だるい、食欲がないのに太ってきた、便秘、むくみ、体温低下、声がかすれている、汗が少ない、乾燥、髪が抜ける、物忘れなど
- 眼球突出
- 健康診断・人間ドックで指摘
自覚症状がなくても健康診断や人間ドックで甲状腺の腫れや血液検査・超音波検査で異常を指摘され、発見されることもあります。
バセドウ病
バセドウ病は、甲状腺ホルモンが過剰に作られる状態(甲状腺機能亢進症)を起こす代表的な甲状腺疾患です。甲状腺ホルモンは身体の新陳代謝を促す (子どもでは身体の成長に関わる) 重要なホルモンですが、多すぎると色々な臓器に負担がかかります。
疫学
男女比 1:5〜10と女性に多い病気です。20~40歳代の方の発症が最も多く認められます。
バセドウ病が起きる仕組み
バセドウ病は自己免疫疾患の1つです。免疫はウイルスや細菌などの外敵に対する「抗体」を作ることによって体を守る大切な仕組みですが、免疫の働きに異常が生じ、自分の組織を攻撃する自己抗体ができてしまうのです。バセドウ病では、自己抗体として抗TSHレセプター抗体:TRAb、TSAbが認められます。
原因
遺伝的素因と環境因子 (喫煙、女性ホルモン、妊娠、感染、ヨウ素、外傷など) が関与していると言われています。
症状
- 甲状腺腫 (甲状腺の腫れ)
- 頻脈 (脈拍が速い)
- 眼球突出
上記以外に様々な中毒症状がでます。
- 全身症状…暑がり、汗をたくさんかく、よく食べるのに痩せる、微熱、疲れやすい
- 循環器症状…動悸
- 消化器症状…下痢
- 皮膚症状…薄毛
- 筋肉・関節・末梢神経症状…筋力低下、肩こり
- 神経・精神症状…手指が震える、イライラしやすくなった、落ち着かない、眠れない
- 月経…月経異常 (月経量が少ない、無月経気味)
- 骨塩量低下
影響を受ける臓器や症状には個人差があり、どの人も同じように出るわけではありません。また、治療で甲状腺ホルモンが正常になっている間は、バセドウ病が原因で身体に異常が出ることはありません。
診断基準
a) 臨床所見
- 頻脈、体重減少、手指振戦、発汗増加などの甲状腺中毒症所見
- びまん性甲状腺腫大
- 眼球突出または特有の眼症状
b) 検査所見
- FT4、FT3のどちらか、または両方高値
- TSH低値 (0.1 µU/mL以下)
- 抗TSH受容体抗体陽性、または甲状腺刺激抗体陽性
- 甲状腺がヨウ素と取り込む率が高い※
※アイソトープ検査でわかる。1〜3がすべて当てはまれば実施しないこともある
(日本甲状腺学会「バセドウ病の診断ガイドライン」2022年より)
甲状腺クリーゼ
急激な甲状腺中毒症として発症し、致死率は 10.7%と高く、早期の治療が重要です。
血中甲状腺ホルモン (FT3・FT4) のどちらか一方でも高値を示す必須項目に加えて、
5つの症状
- 不穏、せん妄、精神異常、傾眠、けいれん、昏睡などの中枢神経症状
- 38℃以上の発熱
- 毎分130回以上の頻脈
- 重度の心不全
- 消化器症状 (嘔吐、下痢、総ビリルビン3㎎/dL以上の黄疸など)
のうち
- ①中枢神経症状+他の症状②~⑤のうちの1つ以上が陽性の場合や
- 中枢神経症状がなく②~⑤のうち3つ以上が陽性、の場合
に診断されます。
甲状腺クリーゼでは何らかの誘因を伴うことが多いです。誘因としては、抗甲状腺薬の不規則な服薬や通院自己中断、甲状腺ホルモン剤の大量服用、過度の甲状腺触診や細胞診、放射線ヨウ素 (アイソトープ)治療、甲状腺手術などがあります。また、甲状腺に直接関連しない誘因として感染症、外傷、妊娠・分娩、糖尿病ケトアシドーシス、甲状腺以外の臓器手術、ヨード造影剤投与、脳血管障害、肺血栓塞栓症、虚血性心疾患、抜歯、強い情動ストレスや激しい運動、副腎皮質機能不全などがあります。
周期性四肢麻痺
甲状腺機能亢進症の方で、アルコール・炭水化物の大量摂取、激しい運動などが誘因となり、手足が動かなくなることがあります。これは血液中のカリウムの急速な低下が原因で生じるものです。アジア人の若い男性に多いことが報告されています。
甲状腺関連眼症
バセドウ病の25~50%、橋本病の2%にみられ、必ずしも甲状腺機能とは関連しません。
甲状腺機能亢進症の診断と同時に甲状腺関連眼症を呈する方が多いですが、治療開始後に眼症を発症する方や、眼症のみ発症した後に甲状腺機能亢進症を発症する方もいます。
眼瞼後退 (上まぶたを上げる筋肉の緊張や炎症により、まぶたが下がらなくなることによって起こります)、眼球突出 (炎症やむくみによって眼球の後ろにある脂肪組織や眼球を動かす筋肉が肥大し、眼球が前方に押し出されて起こります)、複視 (眼球を動かす筋肉に炎症が起きると筋肉が腫れ、動きが悪くなると左右の眼球が同じように動かず、物が二重に見えるようになってしまいます)、結膜・角膜障害、視力の低下などの症状を認めます。
これらの眼の症状は喫煙によって増悪することが知られています。
禁煙を勧め、甲状腺機能の正常化を図ります。また出来るだけ甲状腺機能低下症は避けます。
前脛骨粘液水腫
足のすねから足首周囲の皮膚の一部が腫れて色が赤黒くなる皮膚の症状です。ステロイドによる治療で軽快する報告もありますが、効果には個人差があります。
検査
バセドウ病の診断には血液検査、場合によってはアイソトープ検査 (甲状腺シンチグラフィ) を行います。また、甲状腺の大きさや腫瘍の有無を確認するために超音波検査も行います。甲状腺ホルモンが高いことで心臓への負担が大きくなることがあるため、心不全や不整脈が疑われる場合には、心電図や胸部レントゲン検査を行います。
当院では以下の検査を行い、アイソトープ検査や胸部レントゲン検査が必要な場合は、他院へ紹介致します。
- 血液検査:甲状腺ホルモン (FT3・FT4) の測定、甲状腺刺激ホルモン (TSH) の測定、TSH受容体抗体 (TRAb・TSAb) の測定を行います。
- 超音波検査:甲状腺の形、大きさの測定、腫瘍などの疾患がないかを調べます。
- 心電図検査:脈の数・乱れ (不整脈)・心疾患などを調べます。
治療
バセドウ病の治療には① 内服薬(抗甲状腺薬)による治療、② アイソトープ(放射性ヨウ素)治療、③ 手術の3つの方法があります。
まずは内服薬の治療を開始することが多いです。甲状腺の大きさ、腫瘍合併の有無、眼症の状態、経過などによってほかの治療も検討します。
①内服薬による治療
甲状腺ホルモンの合成を抑える薬(抗甲状腺薬、無機ヨウ素)を服用する方法です。
抗甲状腺薬
チアマゾール(メルカゾール®:MMI)、プロピルチオウラシル(チウラジール®/プロパジール®:PTU)
即効性のある薬ではありませんが、服用開始から2~3週間で効果が現れ、2~3ヶ月程度でホルモンが正常範囲まで下がります。副作用の多くは治療開始後2~3ヶ月以内に発症するため、この期間は2週間毎の通院が必要です。内服治療は2年以上必要となることが多く、甲状腺ホルモンが軽快したからといってすぐに投薬を中止してしまうとホルモンはすぐに上昇してしまうため、処方どおり内服を継続することが大切です。服薬中止後の1年間は、再燃することも多く、2〜3ヶ月に1回の間隔で甲状腺機能を確認する必要があります。バセドウ病の再発を認めた場合は治療を再開する必要があり、抗甲状腺薬再開後2〜3ヶ月は2週間毎の通院が必要となります。再発を繰り返す場合には根本的な治療法である手術やアイソトープ治療を検討する必要があります。伊藤病院や聖路加国際病院など連携施設にご紹介致しますので、ご安心ください。
抗甲状腺薬の副作用
以下のような副作用を生じることがあります。
- かゆみ、皮疹
約5%の方に生じる可能性があります。軽症では抗ヒスタミン薬を併用します。抗ヒスタミン薬を併用しても改善しない場合や増悪する場合は、皮膚科にご相談し、服薬の中止を検討する必要があります。 - 肝機能障害
自覚症状を生じない場合もあり、気付きにくいので、血液検査での確認が必要です。肝機能は甲状腺ホルモンの変動によっても変動することがあるため、抗甲状腺薬による副作用か、ホルモンの変動に寄るものかを見極めることが大切です。抗甲状腺薬の種類では、プロピルチオウラシル(チウラジール®/プロパジール®)の方がチアマゾール(メルカゾール®)よりも肝機能障害の頻度が高いといわれています。多くは一過性で、投薬を中止すれば肝機能は軽快しますが、重症の肝機能障害の場合は、入院が必要となることもあります。 - 無顆粒球症(顆粒球減少症)
血液の白血球の中の顆粒球という種類が非常に少なくなる状態です。顆粒球は免疫に関係し、体内に侵入するウイルスや細菌から体を守る働きをするため、減少すると病原体の感染に対応できなくなり、高熱や強い喉の痛みを生じることもあります。抗甲状腺薬を飲み始めて2週間~3ヶ月目頃までに生じることが多く、血液検査で確認する必要があります。 - その他
- ANCA関連血管炎:おもにプロピルチオウラシル (チウラジール®/プロパジール®) 服用中にみられます。発熱や関節痛、血痰・息苦しさなどの呼吸器症状、血尿・蛋白尿などの腎臓の障害、紫斑・皮疹などの皮膚症状が起こる場合もあります。服用を開始してから数年後に起こることもあり、薬の内服期間中に症状を認めた場合は検査を行います。
無機ヨウ素薬
無機ヨウ素を過剰に摂取することで、一定期間甲状腺ホルモンの分泌を抑制します。バセドウ病の病勢が強い初期に抗甲状腺薬と共に使用したり、抗甲状腺薬内服で副作用が出た場合の代わりの薬として使用することがあります。治療効果の持続期間に関しては個人差があり、2週間ほどで効果が消失してしまう方もいらっしゃいます。
注意点
抗甲状腺薬が副作用で飲めない方や、長期に抗甲状腺薬をやめられない方はアイソトープ治療か外科的治療を検討します。
②アイソトープ (放射性ヨウ素) 治療 (服用)
ヨウ素は甲状腺ホルモンの原料で、摂取されると甲状腺ホルモンの合成に使用されます。アイソトープ (放射性ヨウ素) 治療はヨウ素の放射性同位体131Iを服用し、甲状腺内にアイソトープを取り込み、甲状腺を破壊して細胞数を減らし、ホルモン産生量を軽減させる治療です。服用後、約1~2ヶ月で甲状腺は縮小し始め、約2〜6ヶ月で甲状腺ホルモンの分泌も減少します。4~6ヶ月間は甲状腺ホルモン値の変動が大きい可能性があります。約半年~1年程で安定した状態となり、抗甲状腺薬の中止を検討します。治療効果には個人差があり、1~2年経っても抗甲状腺薬が中止できない場合は、再度アイソトープ治療を行うことができます。治療により甲状腺機能が正常となって抗甲状腺薬や無機ヨウ素薬が不要になる方もいれば、低下症となり甲状腺ホルモン薬 (チラーヂンS®) による補充が必要になる方もいます。
お子さまの検討をされる場合は、男性では治療から半年間、女性では治療から1年間は避妊を必要となります。
アイソトープ治療後、約1%の方で甲状腺関連眼症が悪化することがあるため、治療前に専門の眼科で検査を受けていただき、アイソトープ治療が可能であるかの評価をしていただきます。放射線を使用する治療のため、妊婦・授乳婦、18歳以下の方には原則行いません。
この治療は特別な設備が必要のため、必要な場合は伊藤病院や聖路加国際病院など関連施設へご紹介いたします。
③手術療法 (甲状腺全摘術)
甲状腺ホルモンを過剰に分泌している甲状腺組織を外科的に切除し、改善させる方法です。手術の適応は、① 大きな甲状腺腫、② 抗甲状腺治療の効果に乏しい、③ 甲状腺腫瘍を合併している場合、④ 抗TSH受容体抗体価が高く、早期の寛解を希望される方、⑤高度の眼症の方です。手術後は甲状腺ホルモン薬 (チラーヂン®) の内服が必要となります。副作用も非常に少なく、服用量が安定すれば長期処方が可能となります。
必要な場合は伊藤病院や聖路加国際病院など関連施設へご紹介いたします。
抗甲状腺薬治療 | アイソトープ (放射線ヨウ素)治療 |
手術 (甲状腺摘出術) | |
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こんな方へ |
あらゆる年齢層
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小児 (18歳) 以下、妊婦、授乳婦以外の方に。
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利点 | 通院治療が可能 |
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手術後より抗甲状腺薬での治療が中止できる |
欠点 | 長期間の内服が必要なことが多い。治療を止めたあと再発が多い。服用開始しばらくは副作用 (無顆粒球症・肝機能障害・薬疹) の心配がある |
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妊娠とバセドウ病
バセドウ病は20~40歳代の女性に多くみられる病気のため、妊娠・出産について計画する段階から相談する必要があります。バセドウ病は妊娠中、落ち着きやすくなりますが、産後に勢いを増すことが多いため、定期的に受診する必要があります。
バセドウ病の方が甲状腺機能亢進状態で妊娠すると、流産・早産のリスクが高くなります。安全な妊娠・出産のためには、甲状腺ホルモン値を正常にしておくことが大切です。
治療法
妊娠5~9週の器官形成期のチアマゾール(メルカゾール®)内服によって胎児に影響する可能性がわずかにあるため、妊娠希望の段階でどの薬で治療するのかを考えて準備する必要があります。
10週以降 (できれば16週以降) は、効果の確実なチアマゾール(メルカゾール®)を使用する場合もあります。妊娠20週を過ぎたら、胎児の甲状腺機能を正常にすることを目標に、母体のFT4値を非妊娠時の基準範囲上限を目指して調整します。
バセドウ病の病勢が強い場合で1年以上妊娠を待てる場合にはアイソトープ治療へ変更し、病状が安定した後に妊娠を検討していただくことがあります。妊娠をお急ぎの場合は、手術を行う場合もあります。
TSH受容体抗体 (TRAb) が妊娠後期になっても高値の場合には、胎盤を通して胎児の甲状腺を刺激する可能性があり、胎児や新生児の甲状腺機能異常を起こすことがあるため、あらかじめ新生児科併設の病院と連絡を取り、出産することが望ましいです。
妊娠による一時的な甲状腺機能亢進症
妊娠初期の甲状腺機能亢進症には、胎盤で作られる絨毛性ゴナドトロピン (hCG) によって一過性に亢進症を起こすことがあります。このホルモンは妊娠中期になると低くなるため、自然によくなります。
授乳・産後について
プロピルチオウラシル (チウラジール®/プロパジール®) は母乳への移行が少ないため、使用することが多いです。チアマゾール (メルカゾール®) も少量であれば問題ありませんが、内服量が多い場合は母乳への移行を考慮し、授乳間隔を長くとることや人工栄養との混合栄養を検討いただきます。原則、授乳中の無機ヨウ素内服は行いません。
産後はバセドウ病の病勢が強くなりやすいため、定期的に通院していただくことが大切です。
橋本病
橋本病は甲状腺に慢性の炎症が起きている状態で、慢性甲状腺炎とも呼ばれます。原発性甲状腺機能低下症で最も頻度が高いですが、橋本病の方すべてが甲状腺機能低下症になるわけではありません。約70%の方は甲状腺機能が正常で、甲状腺機能低下症の明らかな症状のある方は約10%、残りの約20%は症状のない軽度の低下症です。
疫学
橋本病は甲状腺の病気のなかでも特に女性の割合が多く、男女比は約1:20~30程度といわれています。軽症例は成人女性の30人に1人、病初期の潜在性自己免疫性甲状腺炎は10人に1人に認められます。年齢別では30~40歳代に多く、幼児や学童は稀です。
原因
自己免疫の異常で、複数の遺伝因子と環境因子の組合せで発症すると考えられています。
症状
甲状腺ホルモンが不足すると、代謝が低下し、様々な症状が現れます。自覚症状がないこともありますが、甲状腺ホルモンの不足が著しいときや長く続いたときは、以下のような症状を認めることがあります。
- 全身症状…疲労感、寒気、動作が鈍い、体重増加、声のかすれ
- 循環器症状…むくみ、息切れ、徐脈
- 消化器症状…便秘
- 皮膚症状…乾燥肌、薄毛
- 筋肉・関節・末梢神経症状…筋力低下、肩こり
- 神経・精神症状…物忘れ、ぼーっとしている
- 月経…月経不順
検査
- 血液検査:甲状腺ホルモン(FT3、FT4) 濃度、甲状腺刺激ホルモン (TSH) 濃度、抗サイログロブリン抗体 (TgAb)、抗甲状腺ペルオキシダーゼ抗体 (TPOAb) を測定します。
- 超音波検査:甲状腺の形や大きさ、しこりの有無を調べます。
診断
甲状腺の腫れと抗甲状腺自己抗体 (抗サイログロブリン抗体・抗TPO抗体) のいずれか、またはどちらもが陽性であることを確認します。腫れがなくても甲状腺超音波検査で内部エコー低下や不均一を認めるものは橋本病の可能性が高くなります。
治療
甲状腺ホルモンが不足している時には、甲状腺ホルモン剤 (一般名:サイロキシン、商品名:チラーヂンS®) を服用して不足分を補います。年齢・合併症や全身状態を考慮しながら内服量を調整します。甲状腺ホルモン剤は半減期が約1週間のため、服用し続けていれば服用時間がずれても血中濃度の変動はほとんどありません。服用時間に関しては、食後よりも空腹時や寝る前の方が吸収が少しよいことが分かっています。
貧血の治療で使用される鉄剤やカルシウム製剤は甲状腺ホルモンの腸管からの吸収を抑制しますので、2時間以上ずらして服用してください。コーヒーも吸収を妨げますので時間をずらしてお飲みください。
甲状腺の腫れが大きい場合は、甲状腺機能が正常でも、小さくする目的でしばらく甲状腺ホルモン剤を服用することがあります。
注意点
急に大量に服用すると心臓に負担がかかることがあるため、高齢者・心臓に病気のある方・機能低下が著しい方に対しては少量から服用を開始し、徐々に増量します。
日常生活
日常生活での制限はありません。食事の制限もありません。海藻類 (海苔、わかめ) を食べても問題ありませんが、甲状腺機能が正常な方は「昆布」を毎日摂取し続けたり、毎日「イソジン」でうがいすると甲状腺機能が低下することがあります。この場合は、「昆布」を食べることや「イソジン」のうがいを止めれば治ります。また、甲状腺ホルモン剤を服用している方は、生活で留意することはありません。
橋本病に合併する病気
無痛性甲状腺炎
自己抗体によって甲状腺組織が炎症を起こして破壊され、内部に蓄えられていた甲状腺ホルモンが血液中にもれ出てくるために一時的に甲状腺ホルモンが過剰になり、その後自然に軽快します。ホルモンが高いときはバセドウ病と似た症状が出ることもあります。通常数ヵ月から半年後に甲状腺機能低下症となり、さらに約半年後に正常に戻ることが多いです。
悪性リンパ腫
甲状腺原発のリンパ腫は、悪性リンパ腫全体の約1~2%、甲状腺の悪性腫瘍の2~5%と非常にまれな病気です。甲状腺の悪性リンパ腫の90%の方が橋本病です。
橋本病では甲状腺に慢性の炎症がおき、通常はリンパ組織の存在しない甲状腺にリンパ球が浸潤し、腫瘍化することで発症します。
症状・検査
甲状腺が急速に大きくなったり、腫瘍のように腫れてきたりした場合、超音波検査を行います。細胞診も必要のため、連携施設にご紹介致します。
悪性リンパ腫の確定とタイプを決めるためには手術 (甲状腺試験切除など)を行います。病気の広がりを知るためにCTやPET-CT、骨髄穿刺、ガリウムシンチを行います。
治療と経過
病気のタイプや広がりによって、放射線治療や化学療法を行います。比較的化学療法や放射線療法が効きやすいとされています。
妊娠と橋本病
橋本病は女性に多く、不妊治療や妊娠を契機に初めて診断されることも多くなっています。
流産は一般的な妊娠の約15%にみられます。早産は10〜15%にみられます。甲状腺機能低下症の女性では流産早産率の増加がみられます。TSHだけが上昇している潜在性甲状腺機能低下症でも流産や早産との関連性が注目されています。甲状腺ホルモン剤による治療により、流産や早産のリスクを減らすことが研究で明らかにされていますので、甲状腺機能低下症がある方は、TSHを目標の数値に十分コントロールする必要があります。
TSHの正常値
<通常のTSH正常値> 0.2から4.5µIU
<妊娠を直前に考えている・妊娠第1期の女性の目標値> <2.5µIU>
※妊娠中の基準値は健常人の基準値と異なります。
妊娠とTSHの関係
近い将来妊娠を考えている方・妊娠初期の方のTSHを2.5以下にコントロール、維持することで流産を減らすことがわかってきています。チラーヂンS®による補充治療を積極的に行うことで、TSHの数値が改善し、不妊が解消される可能性があります。
妊娠時の治療法
甲状腺ホルモンは胎児の発育にとって重要な役割を果たします。甲状腺ホルモンは母体から胎盤を介して供給されるため、妊娠時は妊娠前と比べて甲状腺ホルモンの需要が高まります。妊娠前から甲状腺ホルモンを内服している場合も妊娠後にも補充量の調整が必要です。甲状腺ホルモン剤 (チラーヂンS®) が赤ちゃんに影響することはありませんので、ご安心ください。
産後
甲状腺ホルモン剤 (チラーヂンS®) は、授乳にも問題ありません。産後、甲状腺ホルモンの量は妊娠前の量に戻します。産後に甲状腺機能が変化する可能性もあり、産後も定期的に通院してください。
亜急性甲状腺炎
ウイルスによって甲状腺組織が炎症を起こして破壊され、内部に貯めこまれた甲状腺ホルモンが血液中にもれ出て甲状腺ホルモンが過剰になります。症状は「急性」より長く続きますが、慢性的に続くわけではありません。
ほとんどの方が3ヶ月程度で症状が消失し、約半年後に甲状腺機能低下症となり、さらに約半年後に正常に戻ることが多いです。しかし、機能低下症のまま正常化しないことも少なくないです。
疫学
30~40歳代の女性に多く発症します。
原因
春〜夏の発症が多いです。風邪のような症状が先行して起こることが多く、発症にウイルスが関係していると考えられていますが、ウイルス自体は特定されていません。
症状
発熱を伴うこともあります。甲状腺は全体や左右片方のみが硬く腫れ、押すと痛みが生じます。腫れも痛みもしばしば反対側に移動します。甲状腺ホルモンの過剰により体温の上昇、発汗、体重の減少、動悸、月経異常などが生じます。
検査
血液検査
赤沈著明高値・CRP高値となります。甲状腺ホルモンが高くなり、抗TPO抗体・抗サイログロブリン抗体が陽性のこともあります。
超音波検査
圧痛部に一致した低エコー領域を認めます。
アイソトープ (放射性ヨウ素) 検査
摂取率が低下します。必要な場合は、連携施設にご紹介致します。
治療
できるだけ安静に過ごすことが大切です。運動は避けてください。軽症例では、自然に軽快することもありますが、発熱や痛みが強い場合は非ステロイド性抗炎症薬や副腎皮質ホルモン (ステロイド薬) を症状に合わせて処方します。頻脈を認める場合は、脈を抑える薬を処方することもあります。
副甲状腺とは
副甲状腺は、甲状腺の裏側にある米粒くらいの大きさの臓器で、通常、甲状腺の裏に左右上下1つずつ、合計4個あります。
働き
副甲状腺ホルモン (PTH) を分泌し、血液中のカルシウムとリンの濃度を調整しています。カルシウムは骨の材料であることは言うまでもなく、心臓を含めた全身の筋肉を収縮させたり、血液を固まらせたりする際にも欠かせません。また、脳細胞が働く上でも欠かせないミネラルです。
PTHの作用
- 骨に作用して骨融解を促進します。
- 腎に作用し、尿中カルシウムの再吸収を促します。ビタミンDを活性化し、活性型ビタミンDとして腸管からのカルシウム吸収を促進します。
- 腎から尿中へのリン排泄を促し、血中リン値を低下させます。
PTH異常値の分類
PTH高値の疾患 |
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PTH低値の疾患 |
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原発性副甲状腺機能亢進症
副甲状腺の腺腫、過形成、がんによりPTHが自律的に過剰分泌されます。
発症頻度は低く、約4,000~5,000人に1人の割合で発見される病気で、閉経後の女性に多いとされています。多くは良性で、がんの割合は約1~5%と極まれです。
副甲状腺機能亢進症には、「原発性」と「二次性(続発性)」があります。「原発性」は副甲状腺そのものに原因がある場合、「二次性(続発性)」は腎不全など副甲状腺以外の原因で起こる場合です。
症状
典型的な症状は、以下の3つです。
高カルシウム血症による症状 (頭痛、のどが乾く、胸焼け、吐き気、食欲低下、便秘などの消化器症状、精神的にイライラする、疲れやすい、筋力低下など) のほか、骨粗鬆症、膵炎、消化性潰瘍、尿路結石、腎機能障害などが起こります。
最近では、典型的な症状はなく、検診などで高カルシウム血症が偶然発見されるケースも多くなりました。
検査
- 病気を診断するための検査:血液検査/尿検査
副甲状腺ホルモン値 (intPTH)、血清/尿中カルシウム濃度など - 腫瘍がどこにあるかの検査:超音波検査、アイソトープ検査(MIBIシンチグラフィ)、頚部CT検査など
アイソトープ検査(MIBIシンチグラフィ)、頚部CT検査については連携施設をご紹介致します。
治療
血中カルシウムの値が11㎎/dl以上であれば、基本的には手術療法をおすすめします。症状がない血中カルシウム値上昇が軽度の症例では、経過観察する場合もあります。症状の緩和や合併症の予防が治療の目的です。手術が第1選択です。根本的な治療法は、腫大した副甲状腺病変の摘出です。手術適応がない場合や経過観察する場合は、骨折予防やカルシウム値低下のための治療を行います。飲水を促すことも大切です。
手術適応
- 症状がある場合
- 血清カルシウム濃度が基準値上限より1.0 mg/dL以上高い
- 腎機能障害 クレアチニンクリアランス 60mL/分未満
- 尿中カルシウム400mg/日を超える
- 腎結石または腎石灰化
- 骨密度が平均から標準偏差(T score)で-2.5未満または椎体骨折
- 50歳未満
続発性副甲状腺機能亢進症
副甲状腺以外の病気が原因で副甲状腺ホルモンが過剰に分泌され、骨からカルシウムが失われる病気です。
原因
慢性腎不全、ビタミンD欠乏症、PTH不応症、くる病
薬剤性:骨吸収抑制薬、抗けいれん薬など
症状
異所性石灰化、動脈硬化、心臓弁膜症、関節骨がもろくなる「線維性骨炎」
骨痛や骨変形・病的骨折など
検査
- 血液検査:血清カルシウム・リン・副甲状腺ホルモン濃度 (intPTH)
- 尿検査:尿中カルシウム
- 超音波検査
治療
血液中のリンとカルシウムをコントロールし、副甲状腺ホルモンの過剰分泌を抑制することで合併症の悪化を防ぎます。
食事療法やリン吸着剤の内服、血液中のカルシウムが低下している場合はカルシウム製剤の内服、カルシウム受容体作動薬、活性型ビタミンD3の内服または静脈内投与などで予防します。
病気が進行してしまったら…
内科的治療としてシナカルセト (レグパラ®)、エボカルセト(オルケディア®)などを投与します。
内科的治療にもかかわらず病状が進行してしまったら…
手術を検討します。腫大した副甲状腺の摘出術です。
腫大している副甲状腺が1腺のみで、穿刺可能な部位である場合は「副甲状腺薬物直接注入療法 (PEIT)」を検討します。
原発性副甲状腺機能低下症
稀な疾患です。副甲状腺ホルモン (PTH) の分泌低下により低カルシウム血症や高リン血症を引き起こします。
特発性と続発性に分類されます。
- 特発性:明らかな原因が不明でPTH分泌が低下している病態
- 続発性:副甲状腺摘出後や低マグネシウム血症などが原因でPTH分泌が低下している病態。免疫チェックポイント阻害薬の副作用の1つ。
症状
低カルシウム血症による口周囲や手足などのしびれ、テタニー、全身けいれんなど
検査・診断
- 血液検査:副甲状腺ホルモン (intact PTH) 低値(30pg/mL未満)、血清カルシウム低値、血清リン正常〜高値
- CT:大脳基底核石灰化
治療
多くの場合、根治療法はなく、活性型ビタミンDとカルシウムを適宜投与します。
腎石灰化や尿路結石を予防するために、血清カルシウム値は正常下限を目指します。
PTH製剤の適用はありません。