慢性腎臓病(CKD)とは

ヒトにおいて、腎臓には1分間におよそ1リットルもの血液が流れ、その大部分は糸球体という濾過膜を通って体内に戻りますが、一部は尿として排泄されます。一方、腎臓は単に尿をつくるだけの臓器ではなく、体内の水分・ナトリウム(塩分)量に合わせて尿量を調節して体内の水分量を調節する、体にとって必要なもの(ナトリウムやカリウムなどの電解質(ミネラル)や蛋白)を体内にとどめる一方で不要な老廃物を尿と一緒に体外に排泄する、カリウムやリンなど骨の形成・維持に関わるミネラルの調節、赤血球を作るシグナル物質であるエリスロポエチンを産生し貧血にならないようにする、など、健康を保つためにきわめて多彩な役割を担っています。

慢性腎臓病(CKD)とは、腎臓の機能が何らかの病気によってゆっくりと障害されることを指し、日本では現在およそ1,330万人が該当するとされています。日本腎臓学会ではCKDを「(1) 尿異常,画像診断,血液,病理で腎障害の存在が明らか,とくに 0.15 g/gCr 以上の蛋白尿(30mg/gCr 以上のアルブミン尿)の存在が重要.(2) GFR < 60 mL/分/1.73 m2  のうちいずれかがまたは両方が3カ月以上持続すること」と定義しています。ここでGFRとは1分間に腎臓で濾過される血液の量を指しますが、実際に測定するのは特殊な検査を用いる必要があり、日本では年齢、性別、血清クレアチニン(Cr)比を用いた推測値(eGFR)を用いています。

eGFRが低くなるということは腎臓の機能が低下していることを意味しています。現在の医療では一度低下した腎機能をもとに戻す治療はまだ開発されていないので、今ある腎機能をこれ以上悪くしないこと、また定期的に健康診断を受けて腎機能を測定し、早めにCKDを見つけることがが重要になります。さらにCKDの患者さんでは血管での動脈硬化が進行しやすくなり、腎機能が正常な方に比べて狭心症・心筋梗塞・脳梗塞などの心血管疾患にかかりやすくなります。腎臓を守ることは、将来腎機能が低下して透析にならないようにするだけでなく、動脈硬化を予防して心臓・脳など大事な臓器を守ることにもつながるのです。

CKDの重症度、すなわちどのような状態が腎機能低下につながりやすいかについては、日本ではGFRの値、尿蛋白の量、CKDの原因(糖尿病が原因かどうか)で決めており、以下の図で示されています。緑のステージを基準に、黄、オレンジ、赤の順番に腎機能低下、心血管疾患を発症しやすくなりますので、健康診断でeGFR(腎機能)が低いと言われたり、尿蛋白が出ていると言われた場合は早めにご相談ください。

(CKD診療ガイド2012から引用)

腎機能の低下が軽いうちは特別な自覚症状がないことが多いのですが、ある程度(目安としてeGFRが30mL/min/1.73m2以下まで)低下すると体内の水・ミネラルのバランスが制御できなくなることで、足がむくむ、脱水になりやすくなるなどの症状が出現するとともに、骨をつくり維持する機能が衰えて骨がもろくなる、エリスロポエチンの産生が減って貧血が進行する(腎性貧血)などの症状が出現します。さらに腎機能が大きく (目安としてeGFRが10mL/min/1.73m2以下まで) 低下すると体内の水分調節機能が大きく低下した結果肺に水が溜まり(溢水)心臓に負担がかかり心不全になったり、本来は尿から排泄されるはずの老廃物である尿毒素が排泄できなくなることで、吐き気・下痢、だるさ、食欲不振など様々な症状を起こす尿毒症、また体内のカリウムの濃度が急激に上昇することで命にかかわるような重症の不整脈を引き起こすなど、命に危険が及ぶ状態になります。そのような状態になる前に腎代替療法として血液透析、腹膜透析、腎移植(生体腎移植、献腎移植)のいずれかが必要になりますが、ある程度腎機能の低下が見られた段階で連携施設に紹介し、専門医や看護師の指導のもとでどの腎代替療法を選択するかを決めていきます。

どれくらい腎臓の機能が悪くなったら専門施設に紹介するかについては、「かかりつけ医から腎臓専門医・専門医療機関への紹介基準」があり、これを参考に腎臓専門の医師の外来に紹介し、協力して診察することにしています。腎機能が正常でも尿蛋白が出ていると言われた時や、尿蛋白がなくても腎機能(eGFR)が低下していると言われたら、早めに医療機関の受診をおすすめします。

(2018年日本腎臓学会・日本糖尿病学会編 かかりつけ医から腎臓専門医・専門医療機関への
紹介基準より引用)

慢性腎臓病(CKD)の原因となる疾患について

様々な腎臓、あるいは全身の病気が慢性腎臓病(CKD)の原因となります。CKDには大きく分けて2つのタイプがあり、ひとつは腎炎・ネフローゼ症候群、多発性嚢胞腎など腎臓の疾患が原因となるもの(= 一次性腎疾患)と、高血圧性腎硬化症・糖尿病関連腎臓病・痛風腎などの生活習慣病や一部の膠原病、血液疾患といった全身の疾患の結果腎障害が生じるもの(= 二次性腎疾患)に大別されます。原因となる病気によって薬剤などの治療方針が変わったり、今後腎機能がどう変化するかが異なったりするため、その原因を確定することは重要です。

慢性腎臓病(CKD)の診療の流れ

われわれがCKDの患者さんを初めて診療するときには、過去の腎機能がどれくらいであったかを健診結果から確認したり、過去にどのような病気にかかったか、例えば高血圧・糖尿病など生活習慣病であればいつ頃言われたか、内服治療を始めたかを詳しく確認します。
次に採血・尿検査を行います。腎機能を改めて確認するとともに、腎炎が疑われる場合は補体・免疫グロブリン・各種自己抗体など免疫に関連する項目を追加します。また尿検査では、普段の健診で確認する尿定性((-)、(±)、(+)などで表されるものです)に加えて、尿たんぱく/クレアチニン比を測定して、一日あたりの尿蛋白量を推定します。
また、超音波検査で腎臓の大きさや形の異常がないかを確認するとともに、必要があれば連携施設でCTを撮影することもあります。
以上の診察・検査で腎炎あるいは生活習慣病以外の全身疾患が疑われる場合は、腎臓の組織を一部採取して、顕微鏡で確認して診断を確定することがあり、これを「腎生検」といいます。必要な場合は連携施設に紹介して行うことになります。

慢性腎臓病(CKD)の治療として、上記で診断した各疾患に対する治療を行うほか、食事療法、運動療法、禁煙、血圧・血糖のコントロール、薬物療法などの幅広い治療を行います。

食事療法

CKDの患者さんに対して行う食事療法として、減塩、低タンパク食、(腎機能が大きく低下している場合)カリウム制限が推奨されます。塩分摂取は血圧上昇につながるため、1日あたり6g以下に抑えることが目標になります。また、タンパク質の過剰な摂取は腎臓に負担をかけたり、進行した腎不全の患者さんではタンパク質からの老廃物(尿毒素)が体内に溜まることにつながるため、タンパク摂取量を抑える治療が行われます、「慢性腎臓病に対する食事療法基準2014年版」では、 CKD ステージ別のたんぱく質摂取量の基準として、ステージ G3aでは0.8~1.0 g/kg標準体重/日,G3b以降では0.6~0.8 g/kg標準体重/日の範囲にとどめることが目標にされています。また腎機能が大きく低下している場合では、腎臓からカリウムを排泄しづらくなるためカリウムを多く含む食品である、生野菜・果物・芋類などの摂取を減らしていくことを勧めています。

以上のように各栄養素ごとに目標がありますが、食事は本来生活の中で大きな楽しみですので、患者さんの現在のライフスタイルに合わせて続けられることが大事になります。当院では管理栄養士と協力しながら一人一人に合わせた目標を立てていきます。

運動療法

かつては腎炎・ネフローゼや腎不全の患者さんでは安静にして運動を控えた方がいいとされていましたが、現在は適度な運動を取り入れることが治療に有効といわれています。有酸素運動として散歩、ランニング、サイクリングなどを1回につき20〜60分、1日1〜2回、週3〜5回行うことが勧められています。また65 歳以上の身体活動の基準として、「横になったままや座ったままにならなければどんな動きでもよいので、身体活動を毎日 40 分行う」ことも提案されています。このほか、ダンベルなどの重りやゴムチューブなどの道具、自分の体重を使ったレジスタンストレーニング(いわゆる「筋トレ」)も加えるとより効果的といわれています。

血圧コントロール

腎臓は体内の塩分を調節する上で重要な臓器で、高血圧の原因として重要な役割を果たしています。一方、高血圧は慢性腎臓病(CKD)の原因となり、かつCKDになると血圧がより上がりやすくなるという悪循環が形成されます。このため、血圧が高い場合は血圧を下げる治療が必要になり、減塩食、運動、禁煙、必要な場合は降圧薬による治療を行います。降圧薬として、尿蛋白がある患者さんでは尿蛋白を下げるため、ACE阻害薬やARBという種類の薬剤を使用します。
血圧の目標値は、下図のように蛋白尿の有無で変わってきます。蛋白尿がなくて糖尿病、狭心症や心筋梗塞、脳梗塞の既往がない患者さんでは、家庭血圧が135/85mmHg以下、蛋白尿がある、あるいは蛋白尿がなくても糖尿病、狭心症や心筋梗塞、脳梗塞
の既往がある患者さんでは125/75mmHg以下が目標になります。その他、詳細については高血圧のページもご参照ください。

(日本高血圧学会編 高血圧診療
ガイドライン2019から引用)

血糖コントロール

血糖値が高いことも腎機能の低下につながりやすく、HbA1cを7.0%以下に抑えることが腎機能の低下を予防する効果があるとされます。詳細は糖尿病のページに譲ります 。

薬剤による腎保護

血圧の項で述べたACE阻害薬、ARBの他に、近年尿蛋白を減らして腎機能を保護する薬剤がいくつか報告されています。

(1) SGLT2阻害薬

糖尿病がある患者さんの場合では尿蛋白を減らし、腎臓を保護する薬剤としてSGLT2阻害薬という糖分を尿の中に排泄する薬を使用することが、腎機能を守ることにつながるという研究が近年多数報告されています。また糖尿病のない人でも、尿蛋白がある場合SGLT2阻害薬を使うことで腎機能を保護できるという研究成果も得られています。代表的な薬としてフォシーガ、ジャディアンスなどがあり、尿蛋白量など状態を確認しながら始めていきます。

(2) MR拮抗薬

腎臓の中で血圧を制御している物質としてミネラルコルチコイド受容体(MR)というものがあり、その活性化により腎で塩分が再吸収され体内に塩分が溜まり、高血圧につながるとともに、腎臓・血管で炎症を起こし動脈硬化やCKDを引き起こすことが知られています。MRはアルドステロンという副腎から産生されるホルモンのほか、塩分・糖分などによっても活性化されます。

このMRの活性化を抑える薬剤としてMR拮抗薬が腎機能を守ることにつながるという研究が最近多く報告されています。現在使用できる薬剤としてスピラノラクトン、セララ、ミネブロ、ケレンディア(糖尿病の方に限ります)があり、現在の腎機能、血圧などを見ながら選択します。副作用としてカリウム上昇がありますので、生野菜・果物などカリウムを上げる食事のとり過ぎに注意します。